関ヶ原 映画 キャスト 久保酎吉(本田正信)

映画『関ヶ原』

映画『関ヶ原』(2017年8月26日公開)キャスト紹介。この記事では本田正信と彼を演じる久保酎吉さんをとりあげます。

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映画『関ヶ原』本田正信について

徳川家康の名参謀と言われている本田正信。家康からは絶大なる信頼を得ていました。しかし、同じ徳川家の家臣からは悪口を言われる事もあったそうですよ。

賞賛も批判も浴びていた正信。彼はどのような人物で、どうして家康の信頼を得ていったのか気になるところです。

本田正信について

1538年に三河の国で、生まれた本田正信。家康に仕えますが、鷹匠という低い身分でのスタートでした。桶狭間の戦いでは、家康に従い、今川軍として戦場へ。その時に、足に怪我をしていまい、これが元で、以降足を引きずっていたそうですよ。

桶狭間の戦いの後、三河一向一揆が勃発!正信は、ここで、鎮圧する側の主君よりも信仰をとります。家康の元を離れ、一向一揆の味方をしてしまうのですね。

一向一揆が鎮圧されると、居場所の無くなった正信は、諸国を流浪していたとも言われています。どのくらい流浪していたのでしょうか?後に、家康に許しを請い、再び家康の家臣に戻りました。

家康も、一度裏切った正信をよく許したな。と思います。「狸じじい」とも表現される家康。なにか計算があったのかもしれませんね。頭の切れる正信を敵にするより味方にして、恩を売っておいた方が得だとも考えていたのかもしれません。

とにかく、再び仕官した正信は、家康の為に懸命に尽くし続けます!その活躍は、過去裏切ったことなど霞んでしまうものだったのでしょう。家康の信頼は徐々に熱くなり、跡取りの徳川秀忠を任せました。

しかし、他の家康家臣たちには、陰でさんざんの言われ様。家康を裏切る事なく忠誠を尽くし続けた家臣には、面白くなかったのでしょうか?腰抜けだったり、腸が腐ってるとか、言い伝えられているものだけでも溜息がでそうなものばかり。記述でそうですから、現実は、もっと酷い言われようだったのでは…。

関ヶ原の合戦の後には、石田三成の嫡男である石田重家の処分について家康にアドバイス。「三成が戦を仕掛けたから、豊臣家の家臣を一掃できました。三成に、感謝したほうがいいのでは?」と話たそう。結果、重家の命を助けてあげた事も…。

冷静に物事を捕え、知略の限りを尽くした正信。それは、家康の為にも、自分が生き残る為にも向けられたものでしょう。映画『関ヶ原』での活躍を期待しています!

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映画『関ヶ原』本田正信役 久保酎吉

1955年10月生まれ、61歳の久保酎吉さん。千葉県の出身です。早稲田大学の第二文学部を中退しています。数々の舞台、ドラマ、映画に出演。渋い魅力的な声の持ち主です。

醸し出している雰囲気は、久保さんが今まで送ってきた人生を全身から発しているように、深く、雰囲気がある俳優さんなのです。燻し銀の演技は、視線を奪われますよ!

舞台では、「それからのブンとフン」に出演。ドラマでは、NHK連続テレビ小説で「とと姉ちゃん」73、74話に出演していましたよね。戦時中に、千葉県で農家しているお祖父さんの役でした。

食料がなくなった東京に住んでいる小橋家。主人公の小橋常子と妹の鞠子が、着物と食料の交換をお願いしに千葉県の農家を回ります。しかし、どこの農家にも断られて、途方に暮れてしまいました。

その中で、女の子の孫が喜ぶおもちゃとだったら交換してもいいと言ってくれる農家のお祖父さんを発見!そのおじいさん役が久保さんでした。ちょっと気難しそうなお祖父さん。あの時代のお祖父さんってきっとこんな感じだろうなと自然な演技が素敵でした。

映画では、「日本のいちばん長い日」に出演。玉音放送の制作に関わった下村宏役でした。下村さんは、当時、情報局総裁です。玉音放送の前と後に話をしたのが下村さんだったそうですよ。ポツダム宣言の受諾に関しても尽力したそうです。「日本のいちばん長い日」では、多くは描かれていませんでしたが、いろいろ勉強されたうえでの久保さんの演技だと思うと、とても感慨深いです。

燻し銀の演技の久保さん。渋い本田正信になりそうですね!


以上、映画『関ヶ原』に登場する家康の参謀・本田正信と彼を演じる久保酎吉さんについて書きました。

この記事はここまで。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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