関ヶ原 映画 キャスト 東出昌大(小早川秀秋)

映画『関ヶ原』

2017年8月26日公開の映画『関ヶ原』で東出昌大さんが小早川秀秋を演じます。ちょっとした驚きですね。ところで皆さんは、小早川秀秋にどのようなイメージをお持ちですか?あまり良いイメージを持てない方も多い武将の一人ではないでしょうか。

徳川家康と密通していて、関ヶ原の戦いにて東軍に寝返った裏切り者。小早川秀秋の寝返りにより、西軍の負けが決定的になります。どうしてそんな事をしてしまったのでしょう?そこも含めて調べてみたいと思います。

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映画『関ヶ原』小早川秀秋について

秀吉の正妻・寧々(ねね)の実の兄の子で、秀吉にとっては、血のつながりはないのですが、甥っ子になります。1582年に生まれました。3歳の時に秀吉の養子に。秀吉には子どもがいなかったので、もう一人の養子である豊臣秀次の次の後継者候補として大切に扱われていました。

1593年に秀吉には秀頼が生まれ、秀次と秀秋の養子2人の存在に陰が差してきます。秀頼に豊臣を継がせたい秀吉は、彼らの存在が邪魔になるのでした。そして、秀秋は、小早川隆景の養子に出されます。

その後、秀次は、謀反の疑いで自害させられました。この事件により、秀秋は冤罪をかけられ、領地を没収。その後も、秀吉に因縁をつけられては苦渋をのむ秀秋。

そんな思いをしたのがまだ10代の頃ですから、多感な時期に人間不信になってしまってもおかしくないと思います。豊臣家に複雑な感情を抱いても不思議ではありませんよね。こんなところも、関ヶ原の寝返りにつながっていったのでは。と思うのです。

関ヶ原の戦いの時では、まだ18歳。腹黒家康や、知恵が働く大人たちの掌で、いいように転がされていてもおかしくないですよね。

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気弱で、知恵のない浅はかで優柔不断な人物のように書かれている秀秋さん。戦が始まったら東軍に加勢すると決めて、西軍に加わりました。

しかし、三成の「秀頼が政治ができるようになるまでは、天下を秀秋に託す」とした話しに欲が出て、戦が始まってもなかなか西軍を裏切れません。業を煮やした家康に鉄砲をあびせられ、やっと東軍に加勢したと伝えられています。

結構、秀秋の性格に関しては、散々に描かれている場面を多く観ます。 しかし、いくらなんでも、豊臣に何回も裏切られて傷ついていたのに、三成の上手い話しを鵜呑みにするでしょうか。秀秋さんに聞いてみたい気分です。

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映画『関ヶ原』小早川秀秋役 東出昌大

1988年2月生まれの埼玉県出身の28歳。奥さまは、女優の杏さんです。若いですが、双子のお子さんのお父さんですよ。

東出昌大さんは、メンズノンノの専属モデルオーディションでグランプリを受賞し、芸能界デビューをしました。俳優のイメージが強い東出さんですが、モデルもされていたのですね。189 cmの高身長で、イケメンですから納得です!

映画『桐島、部活やめるってよ』で、俳優としての活動をスタートしました。当時話題になりましたよね。これを機にモデルでの活動は辞める事にしたそうです。

NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』では、主人公のめ以子の旦那様の役で、悠太郎を熱演されていました。『ごちそうさん』で、日本中の幅広い年齢の人に東出さんの事が知られましたよね。今では、話題になる作品に数多く出演されています。爽やかな役だけでなく、癖のある役も演じています。

司馬遼太郎ファンという東出さん。奥さまの杏さんは、歴史大好きな歴女ですよね。お二人で、どんな小早川秀秋像を作るのでしょうか。爽やかな優しい、礼儀正しいイメージがある東出さんの小早川秀秋を楽しみにしています。


以上、映画『関ヶ原』の小早川秀秋と秀秋を演じる東出昌大さんについて書きました。

この記事はここまで。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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