関ヶ原 映画 キャスト 和田正人(黒田長政)

映画『関ヶ原』

2017年8月公開の映画『関ヶ原』キャスト紹介!この記事では黒田長政役の和田正人さんについて書いています。豊臣秀吉の軍師、黒田官兵衛の嫡男であった黒田長政。一番親に甘えたい幼少の頃に人質として生活していますが、どのような生活を送っていたのでしょう。猛将と言い伝えられている彼。偉大なる父を持ち、何かと比べられて苦しんだこともあったのではないのでしようか?そんなところも気になります。

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映画『関ヶ原』黒田長政について

黒田長政は1568年12月に兵庫県姫路市で生まれました。織田信長に荒木村重が謀反を起こしたのは、長政が10歳の頃とも伝えられています。荒木に謀反を辞めさせる為、長政の父である黒田官兵衛を使わせたのですが、逆に荒木に捕まってしまい牢屋に入れられてしまうのでした。帰ってこない官兵衛を裏切ったとみなした信長。人質であった長政の処刑を秀吉に命じます。それを知った竹中半兵衛が長政の命を助けるのでした。

人質の時に、秀吉とねねに我が子のように可愛がられたようですが、実家で甘える事とは訳が違いますよね。家康もそうでしたが、やはり幼い時の過酷な環境は誰にも頼らない独立心と、心に陰を作ってしまうのでしょうか。

辛く寂しい幼少期を過ごした長政。官兵衛から家督を継ぐと、父親に仕えていた重臣たちを解雇してしまいます。その中には、あの有名な後藤又兵衛もいたとか。又兵衛なんて奉公構というもう再士官できないようにする刑罰を与えたんですって。

いろいろと理由はあったとは思うのですが、処刑の次に思い刑を与えたというのですから、どうしても許せないことがあったのでしょう。もしかしたら、偉大な父親の真似はしたくない、父親を超えたいという思いがあっての決断だったのかも…。真実は、長政にしかわかりませんよね。

官兵衛は知略、長政が武略と例えられる事の多い2人。しかし、長政は武略のみの堅物ではなかったようです。家老、そして下級の武士の代表たちを一箇所に集合させ、自分たちの意見を言い合う仕組みを作りました。柔軟に新しい事も取り入れていたのですね。

そんな黒田長政率いる軍の関ヶ原での活躍は凄まじいものがあり、その活躍は、徳川家に大いに評価されました。さすが猛将と言われ、後々まで語り継がれる程、大活躍だったようですよ。お父さん、凄いでしょ!と言いたかったかもですね。

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映画『関ヶ原』黒田長政役の和田正人さんについて

1979年8月生まれの和田正人さんは、37歳。高知県の出身です。日本大学文理学部体育学科卒業のスポーツマン。当時は陸上部に入部していて、箱根駅伝にも出場したそうです。いつみても元気いっぱいで、体も筋肉質で凄いな。と感心していましたが、学生時代にきちんと鍛えていたのですね!

大学卒業後は、NECに入社。しかし、会社の陸上部が廃部になると同時に、会社を辞めてしまいます。そして、俳優の道へ。2004年の『第1回D-BOYSオーディション』で見事、特別賞を獲得し、芸能界入りを果たしました。

2005年には、ミュージカルの『テニスの王子様』で俳優としてデビューを果たします。その後、数々のドラマで活躍!

世間に名前が知られるようになったのは、NHK連続テレビ小説 『ごちそうさん』からではないでしょうか。和田さんは、主人公の女性、め以子の幼馴染の泉源太役で出演していました。東京から大阪にお嫁にきため以子を何かと助けてくれる存在でしたね。

口には出しませんが、源太がめ以子を好きだと思っているのが伝わってきて切なくなりました。め以子にとっても、ドラマの視聴者にとっても、元気いっぱいで明るい源太は癒される存在だったと思いますよ。役柄もあってかやんちゃなイメージの強い和田さん。エネルギーみなぎる長政を見せてくださいね!


以上、映画『関ヶ原』に登場する武将・黒田長政と彼を演じる和田正人さんについて書きました。

この記事はここまで。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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